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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)17号 判決

千葉県茂原市大芝629番地

原告

双葉電子工業株式会社

同代表者代表取締役

細矢礼二

同訴訟代理人弁理士

有賀正光

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 高島章

同指定代理人

峰祐治

山口隆生

関口博

今野朗

主文

特許庁が平成1年審判第19734号事件について

平成4年12月15日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決。

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年10月23日、名称を「蛍光表示管」とする発明(以下「本願発明」という。)につき、特許出願(以下「本願」という。)をしたところ、平成1年10月13日、拒絶査定がなされたので、同年12月5日、これに対する審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成1年審判第19734号事件として審理の上、平成4年12月15日、本件審判の請求は成り立たない旨の審決をし、その謄本は、同5年2月3日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲の記載のとおり)

透光性絶縁基板の一方の面に表示パターンに応じて透光性の陽極導体を配設し、この陽極導体上にフィラメント状陰極から放出される電子の射突により発光する蛍光体層が被着されて、この蛍光体層の発光を前記透光性陽極導体を通して前記透光性絶縁基板の他方の面側から観察するようになる蛍光表示管において、前記透光性絶縁基板の一方の面に被着された不透光性で、かつ導電性の金属皮膜からなり、表示セグメントに対応した輪郭を内周とする枠部と、前記枠部内の金属皮膜が部分的に除去されて、微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部と、この表示セグメント開口部を覆うとともに、その全外周縁部が前記枠部の内周縁部に乗り上げて延在するよう被着形成された蛍光体層と、少なくとも前記蛍光体層及び枠部上の蛍光体被着周辺部が露出するように前記透光性絶縁基板の一方の面上に形成された不透光性の絶縁層とを備えた構成になることを特徴とする蛍光表示管(別紙図面1参照)。

3  審決の理由の要点

(1)  本願発明の要旨は前項記載のとおりである。

(2)  引用例の記載

実願昭56-20315号(実開昭56-13663号)のマイクロフィルム(昭和56年10月9日特許庁発行。以下「引用例1」という。)には、内部に放電空間が形成された電子管本体と、この電子管本体に形成された透光性を有する表示面壁の内面に添設された微小な透光間隙群を有する導電性大なる陽極と、この陽極の表面に所定の形状で設けられた表示用のけい光体と、前記放電空間内に前記陽極と対向して放置された陰極とを具備し、前記けい光体の発光が前記陽極の透光間隙群及び前記表示面壁を透過するようにした表示用電子管を要旨とする考案が開示され、陽極が、表示面壁の内面に対して導電性物質の蒸着等により添設され、複数のセグメントからなる表示用パターンに対応した形状に形成されること(4頁10行ないし15行)、表示面壁の内面には、予めけい光体のパターンに対応した縁どりが施され、けい光体の塗布時にこれが所定形状からはみ出したとしても何ら支障のないようにしたこと(5頁16行ないし20行)が記載されている(別紙図面2参照)。また、実願昭53-1970号(実開昭54-106771号)のマイクロフィルム(昭和54年7月27日特許庁発行。以下「引用例2」という。)には、蛍光表示管において、フィラメント(陰極に相当)から電子が照射される結果、蛍光体の一部あるいは基板に電荷がチャージされるのを蛍光セグメントの周辺に露出された陽極部を通じて放散させ、蛍光体の発光の輝度むらを防ぐことが記載されている(別紙図面3参照)。

(3)  対比

引用例1の、表示面壁の内面には、予めけい光体のパターンに対応した縁どりが施され、けい光体の塗布時にこれが所定形状からはみ出したとしても何ら支障のないようにした旨の記載は、けい光体のパターンを構成するセグメントに対応する透光間隙群に周縁に、この周縁に沿う不透光性の縁すなわち枠部を存在させ、この周縁をはみ出したけい光体はこの枠部に遮蔽されて観察されないようにしたことを意味しており、引用例1の「表示面壁」は本願発明の「基板」に相当するから、

両者は、透光性絶縁基板の一方の面に表示パターンに応じて透光性の陽極導体を配設し、この陽極導体上にフィラメント状陰極から放出される電子の射突により発光する蛍光体層が被着されて、この蛍光体層の発光を前記透光性陽極導体を通して前記透光性絶縁基板の他方の面側から観察するようになる蛍光表示管において、表示セグメントに対応した輪郭を内周とする不透光性枠部と、前記透光性絶縁基板の一方の面上に被着された不透光性で、かつ導電性の金属皮膜からなり、金属皮膜が部分的に除去されて、微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部と、この表示開口部を覆うよう被着形成された蛍光体層を備えた蛍光表示管である点で一致し、〈1〉表示セグメントに対応した輪郭を内周とする不透光性枠部を、本願発明が、導電性の金属皮膜としたのに対し、引用例1のものにはこれについての記載がない点(以下「相違点1」という。)、〈2〉本願発明が蛍光体層の全外周縁部が前記枠部の内周縁部に乗り上げて延在するようにしたのに対し、引用例1のものにはこれについての記載がない点(以下「相違点2」という。)、〈3〉本願発明が、少なくとも蛍光体層及び枠部上の蛍光体層被着周辺部が露出するように前記透光性絶縁基板の一方の面上に形成された不透光性の絶縁層を備えたのに対し、引用例1にはこれについての記載がない点(以下「相違点3」という。)の、3点で相違する。

(4)  相違点についての判断

〈1〉 相違点1について

蛍光表示管において、陰極から電子が照射される結果、蛍光体の一部あるいは基板に電荷がチャージされるのを、蛍光セグメントの周辺に露出された陽極部を通じて放散させ、蛍光体の発光の輝度むらを防ぐことが引用例2で公知であるから、引用例1のものにおいて、蛍光体の一部あるいは基板に電荷がチャージされ、蛍光体の発光の輝度むらが生じるのを防ぐために、蛍光体の外周に位置することとなる枠部分も導電性金属皮膜で形成して、セグメント開口部周縁における電子のチャージによる電界の乱れの発生を防止する構成をとることは、当業者が容易に考えられることである。

〈2〉 相違点2について

文字、図形等の形状を有する開口を形成した板状体の裏面に、着色シート等の表示材を配置することにより、表示材自体に代えて、開口の内周で表示材の表示輪郭を規定すること、さらに、表示材のうち、開口に対応する部分以外は板状体で隠蔽することが、表示技術として普通に知られている事項にすぎないから、引用例1のものにおいて、蛍光表示管の表示セグメントにおける表示材たる蛍光体を、蛍光体層の全外周縁部が前記枠部の内周縁部に乗り上げて延在するように塗布して、蛍光体の輪郭を蛍光体自体に代えて、セグメント開口部によって規定するとともに、蛍光周縁が枠部で隠蔽されるようにすることも当業者が容易に考えることができたことである。

〈3〉 相違点3について

透光性絶縁基板の一方の面に表示パターンに応じて透光性の陽極導体を配設し、この陽極導体上にフィラメント状陰極から放出される電子の射突により発光する蛍光体層が被着されて、この蛍光体層の発光を前記透光性陽極導体を通して前記透光性絶縁基板の他方の面側から観察するようになる蛍光表示管において、透光性絶縁基板の一方の面上に、表示部以外の透視を防ぐ不透光性の絶縁層を設けることは本願出願前周知の技術(例えば、実開昭56-166658号公報、特開昭57-136747号公報参照)であり、また、表示セグメント開口に近接して絶縁材が位置することを避けることで、開口部周縁の表面における電子のチャージを防止し、電子のチャージによる電界の乱れによって起こる表示欠けを防止したものにおいて、絶縁層を設ける場合には、蛍光体層及び枠部上の蛍光体層被着周辺部が露出するように絶縁層を設けることは当業者が必然的に採用する設計上の事項にすぎないので、この点も当業者が容易に採用し得ることである。

そして、上記のように引用例1、引用例2に記載の事項及び周知技術から構成された蛍光表示管と本願発明のそれとは、その作用効果においても格別相違はない。

(5)  むすび

したがって、本願発明は、引用例1、引用例2に記載されたもの及び周知技術から容易に発明をすることができたものと認められ、特許法29条2項の規定により特許を受けることはできない。

4  審決を取り消すべき事由

(1)  審決の理由中、(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載)、(3)(対比)のうち、引用例1の「表示面壁」が本願発明の「基板」に相当すること、相違点2及び3の認定、(4)(相違点についての判断)のうち、透光性絶縁基板の一方の面に表示パターンに応じて透光性の陽極導体を配設し、この陽極導体上にフィラメント状陰極から放出される電子の射突により発光する蛍光体層が被着されて、この蛍光体層の発光を前記透光性陽極導体を通して前記透光性絶縁基板の他方の面側から観察するようになる蛍光表示管において、透光性絶縁基板の一方の面上に、表示部以外の透視を防ぐ不透光性の絶縁層を設けることが実開昭56-166658号公報及び特開昭57-136747号公報にそれぞれ記載されていることは認め、その余は争う。

(2)  取消事由

〈1〉 一致点の誤認及び相違点の看過(取消事由1)

(イ) 引用例1記載の「縁どり」は本願発明の「枠部」に相当しない。

しかるに、審決は、引用例1記載の縁どりについて、「不透光性の縁すなわち枠部」(甲第1号証5頁13行、14行)に相当すると誤って認定した結果、本願発明の「不透光性枠部」と一致すると誤って認定した。

被告は、引用例1記載の発明において、縁どりが、陽極に対応した蛍光体パターン(表示セグメントの形状)の周囲に蛍光体パターン外周との間に隙間のない密な状態で枠として存在すると主張する。

しかしながら、上記蛍光体パターンとは、引用例1の記載(例えば、甲第3号証1頁18行ないし2頁4行、4頁13行ないし18行、5頁16行ないし18行)から見て、第1図の表示面壁3上の蛍光体8の配置又は配列(7×3セグメントの位置関係)のことであると解される。ぞうすると、引用例1の第1図又は第3図の表示面壁3の上面のうち、蛍光体8又は陽極7を除いた部分全体に縁どり用の部材(以下「縁どり部材」という。)を施し、その部材の蛍光体8に対応する部分に縁どりを施していると解するのが妥当である。したがって、引用例1記載の発明の縁どり部分は、本願発明の不透光性枠部とは別のものである。

また、引用例1の「陽極導体と枠との間に隙間のない密な状態か否か」については明細書に明記されていない。すなわち、引用例1の「8は…蛍光体であり…陽極7に対応した形状」(4頁18行ないし5頁1行)、「蛍光体8のパターンに対応した縁どり」(5頁17行)等の記載からみて、陽極7の外周と縁どりの内周とが一致しているか否か(隙間のない密な状態か否か)は定かでない。

すなわち、「縁取り」の「縁」とは、「広がりを持つもののさかいを示す線」を意味する(甲第7号証972頁)から、引用例1記載の発明の「縁どり」は、縁どり用の部材の陽極7に対応した形状の穴状部(仮称)の内周の輪郭線を指し、その輪郭線の外周の形状は何ら規定していないとみるのが妥当である。

しかして、引用例1の「表示面壁の内側に対する縁どり作業」(甲第3号証7頁16行ないし18行)を、マスク材により、表示面壁の内側の蛍光体8又は陽極7に対応する部分を除く全面に施すことは、蛍光表示管の構造上の必要性から一般に行なわれている(甲第8、第9号証の絶縁層3、13)。

被告は、引用例1記載の「縁どり」と甲第8、第9号証に記載された「絶縁層」とは異なる機能を有するものであると主張するが、引用例1には、「縁どり」に関して、「予めけい光体8の塗布時に所定の形状からはみ出しても支障のないようになされている」と記載されているものの、具体的構造の説明はない。一方、蛍光表示管では、表示を鮮明にする表示パターンのセグメント以外の部分は視認できないようにマスクを施すことが常套手段となっており、そのマスクに絶縁層を施すことも常套手段である(甲第6号証の絶縁層3、同第8号証の絶縁層3、13)。そうすると、引用例1の蛍光表示管においても前記マスクを施すことが必要であるが、そのマスクと縁どりとを別々に形成することは製造工程が多くなり、かつ蛍光表示管の構造が複雑になるのみで何のメリットもない。したがって、引用例1の「縁どり」は、甲第8号証に記載のものが「絶縁層」によりマスクと縁どりとを施しているのと同様に、前記マスク材により表示面壁の内側の蛍光体8又は陽極7に対応する部分を除く全面に施されているとみるのが妥当である。

被告は、甲第8号証には「縁どり」という記載は存在していないと主張するが、同号証の「陽極導体12が形成された基板11に表示パターン形状の陽極導体12を残して絶縁層13を印刷法で配設する。絶縁層13を印刷法で被着した後焼成炉で焼成して固着させる。陽極導体12上にけいこう体14を充填する」(7頁1ないし4行、13行、14行、8頁14行、15行)との記載から、絶縁層13は、引用例1記載の「縁どり」の役割を果していることは明らかである。

また、引用例1記載の縁どり(縁どり部材)が、陽極導体との間に隙間のない密な状態で枠として存在するとすると、引用例1記載の縁どりが導電材である場合、多数の陽極が縁どり部材を介して共通に電気的に接続されることになる。そして、縁どり部材が絶縁材である場合には、縁どり部材を陽極と一体に形成することはできない。

(ロ) 引用例1記載の縁どり部材は陽極と別体であるのに対し、本願発明の不透光性枠部は陽極導体の一部を構成しており、陽極導体と一体を成しているから、この点において、本願発明と引用例1記載の発明とは相違しているにもかかわらず、審決は、かかる相違点を看過して一致点を認定した。

(ハ) さらに、審決は、引用例1記載の発明は、本願発明の「微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」を備えていない点で相違するのに、本願発明と引用例1記載の発明とは「微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」を備えている点で一致すると誤って認定した。すなわち、本願発明は、「微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」を不透光性枠部内に形成しているのに対し、引用例1記載の発明は、その縁どり部材が陽極と別体であるため、そのように構成されていない。

被告は、引用例1記載の発明において、縁どり内部には、「微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」が存在していると主張し、また、陽極部に関連しては、表示セグメントに対応した輪郭を有する枠部、その枠部内に微小間隙が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部を有しておればよいと主張する。

しかしながら、本願明細書の特許請求の範囲によれば、本願発明の「表示セグメント開口部」は、「導電性の金属皮膜からなり、前記枠部内の金属皮膜が部分的に除去されて、微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」であるところ、上記のとおり、引用例1記載の発明には、「前記枠部内の」という構成はない。したがって、引用例1記載の発明には、「導電性の金属皮膜からなり、前記枠部内の金属皮膜が部分的に除去されて、微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」の点で引用例1記載の発明と相違する。

以上のとおり、審決は、一致点の認定を誤り、上記相違点を看過した結果、相違点についての判断を遺脱した。

〈2〉 相違点1の誤認及び相違点1についての判断の誤り(取消事由2)

(イ) 審決の、相違点1についての「表示セグメントに対応した輪郭を内周とする不透光性枠部を、本願発明が、導電性の金属皮膜としたのに対し、引用例1記載の発明にはこれについての記載がない点」(甲第1号証6頁12行ないし16行)との認定は、引用例1記載の発明の「縁どり」が本願発明の「枠部」に相当するとの認定を前提とするものであるから、誤りである。

すなわち、引用例1記載の発明において、審決が枠部と呼ぶものは、前記〈1〉のとおり、縁どりにすぎなく、この縁どりは陽極と別体のものであるから、引用例1記載の発明において、縁どりを導電性金属皮膜で形成したとしても、本願発明の不透光性枠部にはならないものである。

(ロ) なお、引用例2記載のメッシュ状陽極部は、メッシュ状であるから、透光性であり、このメッシュ状陽極部に蛍光体を塗布すると発光が見えてしまい、本願発明の不透光性枠部とは異なる。

また、引用例1記載の発明は、透過型蛍光表示管(本願発明の透光性絶縁基板の他方の面側から観察する型に相当する。)であるのに対し、引用例2記載の発明は、直視型蛍光表示管(観察方向が透過型と逆になる。)であるから、両者は陽極の構造や透光表示壁の内面の絶縁層等に対する技術的条件が異なるところ、引用例1には、本願発明が目的としている陽極の周囲のチャージを防止して表示欠けを防止するという課題について全く記載されていないうえ、蛍光表示管内の電子のチャージを防止し、表示欠けを防止する必要性は透過型も直視型も同じであっても、直視型の陽極のチャージを防止する技術を透過型の陽極に適用することはできない。

したがって、引用例2記載の発明が公知であっても、引用例1記載の発明における縁どりを本願発明の不透光性枠部にすることは困難である。

(ハ) さらに、引用例2記載の発明は、基板上の絶縁膜の上に陽極を形成し、チャージ防止のために周辺の露出部を残して陽極上に蛍光体を施さなければならないから、陽極の周辺の露出部を引用例1記載の発明の「縁どり部材」で覆うことはできない(覆うと放電しない。)。一方、引用例1記載の発明は、蛍光体パターンに対応した縁どりを施すため、引用例2記載の発明の露出部を設けることはできない。本願発明は、枠部と開口部の陽極導体とは一体であるから、枠部によりチャージを防止し、同時にその枠部の内周により蛍光体の表示セグメントの形状を規定することができる。したがって、本願発明の上記構成は引用例1、2記載の各発明を相互に適用しあっても達成できない。

しかるに、審決は、引用例1記載の発明に適用することができない引用例2記載の技術を引用して、相違点1は当業者が容易に考えられることであると誤って判断した。

〈3〉 相違点2についての判断の誤り(取消事由3)

引用例1記載の発明において、審決が枠部と呼ぶものは、前記〈1〉のとおり、縁どりであって、この縁どりは陽極と別体のものであるから、板状体の裏面に、着色シート等の表示材を配置することにより、開口に対応する部分以外は板状体で隠蔽する表示技術を、引用例1記載の発明に適用したとしても、本願発明の相違点2に係る構成にはならない。

また、上記表示技術は、蛍光表示管の蛍光体層の形成技術とは関連のない技術であるから、同技術を引用例1記載の発明に適用することは困難である。

さらに、審決の、「引用例1記載のものにおいて、蛍光表示管の表示セグメントにおける表示材たる蛍光体を、蛍光体層の全外周縁部が前記枠部の内周縁部に乗り上げて延在するように塗布して、蛍光体の輪郭を蛍光体自体に代えて、セグメント開口部によって規定するとともに、蛍光周縁が枠部で隠蔽される」(甲第1号証8頁6行ないし12行)の論旨は曖昧で、相違点2の「蛍光体層の全外周縁部が前記枠部の内周縁部に乗り上げて延在する」の点についての判断がなされていない。

被告は、視認部の表示輪郭形成手段であるところの、図形あるいは文字形状での表示材の塗布、さらには図形、文字等の開口形成及び当該開口裏面からの、着色体あるいは発光体のような視認容易な表示材の充填、貼付といった手段は、表示技術として従来周知のものであり、表示技術といった際に当然想起されるものを例示したにすぎず、蛍光表示管における表示形成、本願発明の実施例に即して具体的にいうならば、蛍光体を塗布して「日」の字を形成することそれ自体は、例えば塗料で文字(例えば、「日」の字)、図形を描くといった一般的な表示形成手段と何ら変わるものではないから、上記表示手段は、表示技術として共通したものであり、蛍光表示管における、表示材たる蛍光体による表示(視認部)形成も単なる表示輪郭の形成に他ならず、これに上記の表示技術を適用することは当業者が容易になし得ることであると主張するが、上記の事項は、蛍光表示管の蛍光体層の形成とは全く関係がなく、かつ審査、審判の段階で判断されていないから、上記主張は失当である。

すなわち、審決は、「開口を形成した板状体の裏面に、着色シート等の表示材を配置することにより、表示材自体に代えて、開口の内周で表示材の表示輪郭を規定すること、さらに、表示材のうち、開口に対応する部分以外は板状体で隠蔽することが、表示技術として普通に知られている」ことを根拠に、相違点2は当業者が容易に考えることができたと判断しているものであって、審決が判断の根拠としていない図形あるいは文字形状での表示材の塗布、さらには図形、文字等の開口形成及び当該開口裏面からの、着色体あるいは発光体のような視認容易な表示材の充填、貼付といった手段が周知であることを根拠に容易推考論を展開することは失当である。

被告は、上記周知技術は、審決にいう「文字、図形等の形状を有する開口を形成した板状体の裏面に、着色シート等表示材を配置する」という普通に知られた表示技術において、表示材の配置として着色シートの貼着と同様に周知のものである塗料の塗布をあえて例示に加えたものであり、その内容が異なるものではないと主張するが、審決が認定した「普通に知られている表示技術」とは内容が相違するから、審決の判断の根拠とは異なる根拠に基づく主張である。

したがって、審決の相違点2についての判断は誤りである。

〈4〉 相違点3についての判断の誤り(取消事由4)

引用例2記載の発明は、直視型蛍光表示管であり、かつ陽極4のメッシュ部材4aに本願発明の不透光性絶縁層に対応する絶縁体を施すことはできないし、蛍光体5の輪郭は蛍光体5自身で規制しなければならない。一方、引用例1記載の発明、甲第5、第6号証に記載の透過型蛍光表示管は、陽極が露出しておらず、かつ蛍光体周辺は電荷放散機能を有していない。すなわち、電荷放散機能を有する導電体である陽極を蛍光体の周囲にも設けたものにおいては、蛍光体の周囲に絶縁体を設けることはできない。

したがって、引用例2記載の直視型蛍光表示管の電荷放散機能を有する陽極の技術を、透過型蛍光表示管の陽極に適用することはできない。

被告は、引用例2記載の直視型蛍光表示管の電荷放散機能を有する陽極の構造を、絶縁層で覆うものに適用する際に、陽極の全面を覆うことなく、一部を露出させることで、陽極に電荷放散機能をもたせ得ることは当業者にとって明らかなことであるから、引用例2記載の陽極のメッシュ部分に絶縁層を施すことはできると主張するが、引用例1記載の発明において、縁どりが蛍光体の外側の輪郭を形成しているから、縁どりと蛍光体との境界に隙間を作ることはできない、すなわち、引用例1記載の縁どりにより、蛍光体の外側の輪郭を形成する場合には、陽極を露出させることはできないから、引用例2記載の直視型蛍光表示管の電荷放散機能を有する陽極の構造を、絶縁層で覆うものに適用することは技術的に困難である。

よって、審決の、本願発明の「陽極を露出させる」構成について、「当業者が必然的に採用する設計上の事項にすぎない」との判断は誤りであるから、審決の相違点3についての判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求原因1ないし3は認め、同4は争う。審決の認定及び判断は正当であって、原告主張の違法はない。

2  被告の反論

(1)  取消事由1について

引用例1には、「8は上記陽極7上にその透光隙間7a群をも含めて塗布されたけい光体であり、これは第1図で示すように、陽極に対応した所定の形状に形成されている。」(甲第3号証4頁16行ないし5頁1行)、あるいは「蛍光体のパターンに対応した縁どりが施されており、蛍光体の塗布時に、蛍光体が所定形状からはみ出しても何ら支障のないようになされており」(同号証5頁17行ないし20行)と記載されていることから、縁どりは、その内周が陽極導体(金属皮膜であることは引用例1の14頁12行の「導電性物質の蒸着等により添設された」という記載から明らかである。)に対応した蛍光体パターン(表示セグメントが集合して形成する形状、すなわち表示パターン)の周囲に蛍光体パターン外周との間に隙間のない密な状態(縁どりの内周は、蛍光体の外周あるいは蛍光体と対応した形状の陽極導体の外周と隙間のない状熊、すなわち、その縁どうしが一致した状態で位置しているということ)で枠として存在し、はみ出した蛍光体は縁どり上に存在するようにし、かっ、縁どり上に存在する蛍光体が基板側から視認されないと解すべきであるから、縁どりは蛍光体パターン(表示セグメントの形状)に対応した輪郭を内周とし、不透光性の枠として存在するものであることは明らかである。

よって、引用例1記載の発明の縁どりもまた、枠状で、表示セグメントに対応した輪郭を内周とするとともに不透光性であるという要件を満たし、文字通りの不透光性の枠部材であるから、審決は本願発明の枠部と引用例1記載の発明の縁どりを表示セグメントに対応した輪郭を内周とするとともに不透光性である点で一致すると認定したものである。

加えて、「縁どり」の動詞形である「縁どる」の意味(乙第1号証)からみて、「縁どる」ことによって得られる「縁どり」とは、これが施されるもののはし、へりあるいはまわりという比較的限られた部分に存在が限定されるものである。このことは、甲第7号証の972頁記載の、「ふちどり(縁どり)」についての説明からも明らかである。そして、引用例1の「けい光体のパターンに対応した縁どりが施され」との記載からも、けい光体のパターンの縁に沿って付属するように施されたものと考えるのが妥当である。さらに、文字等のパターンに対する「縁どり」の具体例(乙第2、第3号証)にみられるように、文字等のパターンの周縁に沿って所定幅で形成されたものである。したがって、原告の「縁どり」が縁どり部材の陽極に対応した形状の穴状部の内周の輪郭線を指すとの主張は失当である。また、「縁どり」が所定幅にとどまらず蛍光体又は陽極を除いた部分全体に広がって施されたものであるとする合理的理由もない。

甲第8、第9号証には、「縁どり」という記載はない。

原告は、甲第8号証に記載のものが「絶縁層」によりマスクと縁どりとを施しているのと同様に、引用例1の「縁どり」は、前記マスク材により施されているとみるのが妥当であると主張するが、上記のとおり、同号証には「縁どり」という記載は存在しておらず、引用例1には、「縁どり」は、セグメント以外の部分が視認できないようにするマスク機能を有するとの記載はなく、同号証記載の「絶縁層」とは機能は異なるのであるから、「絶縁層」に関する記載から、「縁どり」はマスク材により施されているとみることはできない。

また、蛍光表示管において、蛍光体の大きさは、陽極の大きさの範囲内となるように形成されるのが一般的であり、引用例1記載の陽極において、蛍光体の発光を基板側に導く透光間隙群が、陽極の周縁近傍にまで形成されていることをみれば、蛍光体のはみ出しとは、陽極をこえての蛍光体のはみ出しと解すべきである。ここにおいて、陽極の外周と縁どりとの間に間隙が存在すれば、陽極からはみ出した蛍光体はこの間隙部分に存在し、基板側から視認されることとなるから、引用例1記載の発明の目的に反することとなるから、陽極の外周と縁どりとの間に間隙が存在しないと解すべきである。

原告は、本願発明の不透光性枠部は陽極導体と一体であり、引用例1記載の縁どり部材は陽極と一体でないことを理由に、引用例1記載の発明は、本願発明の「微小な開口群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」を備えていないと主張する。本願発明の不透光性枠部は陽極導体と一体であり、引用例1記載の縁どり部材は陽極と一体でないことは認める。

しかしながら、引用例1の、「各陽極は第4図に拡大して示すように透光隙間7aを多数有する格子状に形成されている。8は上記陽極7上にその透光隙間7a群をも含めて塗布されたけい光体であり」(甲第3号証4頁16行ないし20行)との記載及び第4図から明らかなように、引用例1記載の発明において、縁どり内部には、「微小な間隙群が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部」が存在している。

また、蛍光体層の発光を透光性絶縁基板の他方の面側から観察するようになる蛍光表示管において、輪郭が規定された蛍光体層の発光で表示を行なうためには、陽極部に関連しては、表示セグメントに対応した輪郭を有する枠部、その枠部内に微小間隙が形成された陽極導体を有する表示セグメント開口部を有しておればよく、蛍光体層の発光観察による表示管という蛍光表示管本来からみれば、陽極導体と枠部が一体であることは重要な事項ではない。

本願明細書の特許請求の範囲の「導電性の金属皮膜からなり、表示セグメントに対応した輪郭を内周とする枠部と、前記枠部内の金属皮膜が部分的に除去されて、微小な間隙群が形成された陽極導体」との記載があるのみで、陽極導体と枠部とが一体であるという直接の記載はない。そして、審決は上記特許請求の範囲に記載された本願発明の構成と引用例1記載の発明の構成とを対比して、上記のとおりの「表示セグメントに対応した輪郭を内周とする不透光性枠部」の点で両者が一致すると認定したうえで、「表示セグメントに対応した輪郭を内周とする不透光性枠部」が、本願発明において、導電性の金属皮膜であるのに対し、引用例1記載の発明にはこれについての記載がないとして、これを本願発明と引用例1記載の発明との相違点1として認定し、これにより、実質的に本願発明において、枠部と陽極導体とが一体であるとの認定をしているものである。

したがって、審決の一致点の認定に、誤りはなく、相違点の看過もない。

(2)  取消事由2について

前記(1)のとおり、審決の引用例1記載の発明の縁どりが、不透光性かつ枠状であって、実質的に本願発明の不透光性枠部に相当するとの認定に誤りはないから、審決の相違点1の認定に誤りはない。

また、引用例2に開示された公知技術を適用すれば、蛍光体の輝度むらが生じるのを防ぐために、蛍光体の外周に位置することとなる枠部も導電性金属皮膜で形成して、セグメント開口部周縁における電子のチャージによる電界の乱れの発生を防止する構成をとることは当業者が容易に考えられることであるとの審決の相違点1の判断にも誤りはない。

引用例2には、蛍光セグメント(蛍光体に相当)の周辺に導体を露出させ、蛍光体あるいは蛍光体周縁の絶縁性基板に電荷がチャージされることを、この露出部によって放散させることで防止するものにおいて、蛍光体の周辺に露出される導体を、蛍光体直下に位置する陽極を拡張することで形成すること、言い換えれば、陽極の一部として陽極と一体に形成することが示されている。すなわち、引用例2の蛍光表示管において、陰極から電子が照射された結果、蛍光体の一部あるいは基板に電荷がチャージされるのを、蛍光セグメントの周辺に露出された陽極部を通じて放散させ、蛍光体の発光の輝度むらを防ぐものであるから、蛍光体あるいは蛍光体周縁の絶縁性基板に電荷がチャージされることを該電荷を放散させることで防止するため、引用例2記載のチャージ防止技術を適用して、蛍光体周縁に位置する引用例1記載の発明の縁どりを、陽極を拡張すること、言い換えれば、陽極と一体に形成した構成とすることは当業者が容易に想到し得たことである。そして、かかる構成のものは、本願発明の、蛍光体あるいは蛍光体周縁の絶縁性基板に電荷がチャージされることを該電荷を放散させることで防止するために設けられた枠部と陽極導体とを一体に形成したものに他ならない。

また、原告は、引用例2記載のメッシュ状陽極部は、透光性であり、本願発明の不透光性枠部とは異なると主張するが、引用例2における従来技術に関する記載中において、平板状のものが言及されており(甲第4号証4頁4行ないし9行の改良点に関する記載と、同号証2頁9行、10行の従来技術の欠点に関する記載を検討すれば、従来技術が陽極の面積を減少させる格別な手段を講じていない、陽極の一般的構造である平板状であることは当業者にとって明らかである。)、従来技術の露出部は本願発明の枠部と異なるものではない。

原告は、本願発明のような透過型の蛍光表示管における陽極は、引用例2記載の発明のような直視型の蛍光表示管とは、陽極の構造に対する技術的条件が異なり、引用例2には、陽極の周囲のチャージを防止して表示欠けを防止するという課題について記載されていないと主張するが、引用例1記載の発明のような、透過型の蛍光表示管における陽極は、直視型の蛍光表示管における陽極とは、蛍光体の発光を透過させる透光性を有する点では異なるものの、蛍光体の周囲のチャージが蛍光体の周囲に射突する電子の進行方向に影響を及ぼし、射突を妨げ、ひいては発光を妨げるため、これを防止する目的で、陽極部に蛍光体の周囲のチャージを防止する機能を併せもたせることに関しては直視型、あるいは透過型の蛍光表示管であろうとも技術的条件が異なるものではなく、また、引用例2には、「蛍光セグメントの周辺に陽極を露出させる理由は、フィラメントから電子が照射される結果、蛍光体の一部あるいは基板に電荷がチャージされるのを、蛍光セグメントの周辺に露出された陽極部を通じて放電させ、これにより蛍光体の発光の輝度むらを防ぐことである。」(甲第4号証2頁1行ないし6行)との記載があるところ、蛍光体の周囲のチャージが蛍光体への電子の射突を妨げ、発光の輝度が認識できない程度に小さくなった状態、すなわち発光の輝度むらが最も大きい状態が表示欠けであるから、上記記載には、陽極の周囲のチャージを防止して極度の輝度低下部分、すなわち表示欠けを防止するという課題についても開示されていることは明らかである。

(3)  取消事由3について

審決の、引用例1記載の発明の縁どりは、本願発明の不透光性枠部に相当するとの認定に誤りはなく、したがって、相違点2についての判断に誤りはない。

原告は、板状体の裏面に、着色シート等の表示材を配置することにより、開口に対応する部分以外は板状体で隠蔽する表示技術は、蛍光表示管の蛍光体層の形成技術とは関連のない技術であるから、同技術を引用例1記載の発明に適用することは困難であると主張するが、表示装置における図形、文字等の視認部の表示輪郭形成手段であるところの、図形あるいは文字形状での表示材の塗布、さらには図形、文字等の開口形成及び当該開口裏面からの、着色体あるいは発光体のような視認容易な表示材の充填、貼付といった手段は、表示技術として従来周知のものであり、表示技術といった際に当然想起されるものを例示したにすぎない。そして、蛍光表示管における表示形成、本願発明の実施例に即して具体的にいうならば、蛍光体を塗布して「日」の字を形成することそれ自体は、例えば塗料で文字(例えば、「日」の字)、図形を描くといった一般的な表示形成手段と何ら変わるものではなく、上記表示手段は、表示技術として共通したものであり、蛍光表示管における、表示材たる蛍光体による表示(視認部)形成も単なる表示輪郭の形成に他ならず、これに上記の表示技術を適用することは当業者が容易になし得ることである。

原告は、審決の、「引用例1記載のものにおいて、蛍光表示管の表示セグメントにおける表示材たる蛍光体を、蛍光体層の全外周縁部が前記枠部の内周縁部に乗り上げて延在するように塗布して、蛍光体の輪郭を蛍光体自体に代えて、セグメント開口部によって規定するとともに、蛍光周縁が枠部で隠蔽される」(甲第1号証8頁6行ないし12行)の論旨が曖昧であると主張するが、審決の上記部分の意味は、引用例1記載の発明における、透過型蛍光体表示部の形成において、本願発明同様、表示材である蛍光体の外周が縁どり(枠部に相当)の内周をこえて乗り上げるという構成を採用し、蛍光体の基板側から観察される輪郭を蛍光体自体では規定せず、枠部たる縁どり内のセグメント開口部で規定するとともに、枠部たる縁どり内周を乗り上げた蛍光体は基板側から見た場合、枠部たる縁どりで隠蔽されるようにするという本願発明と同じ作用効果(甲第2号証9頁6行ないし8行、同頁16行ないし19行)を奏するということである。審決は、文字、図形等の視認部に対応した開口部分を基板に形成し、この開口部の裏面から表示材(視認対象となる塗料、シート等)をその開口部分の縁をこえて塗布あるいは貼付することで表示部を形成することが表示における周知技術であることを前提とし、相違点2であげた構成は、表示材による単なる表示パターン形成にすぎないから、この周知技術より当業者が容易に想到し得ると判断したものである。

原告は、上記周知技術は審決が認定した「普通に知られた表示技術」と内容が相違していると主張するが、同周知技術は、審決にいう「文字、図形等の形状を有する開口を形成した板状体の裏面に、着色シート等表示材を配置する」という普通に知られた表示技術において、表示材の配置として着色シートの貼着と同様に周知のものである塗料の塗布をあえて例示に加えたものであり、その内容が異なるものではない。

(4)  取消事由4について

原告は、引用例2記載の発明の陽極のメッシュ部分に絶縁層を施すことはできないと主張するが、同主張は、メッシュ部分全体を絶縁層で覆うことにより電荷放散機能が損なわれることを勘案したものと解されるが、同陽極の構造を、絶縁層で覆うものに適用する際に、陽極の全面を覆うことなく、一部を露出させることで、陽極に電荷放散機能をもたせ得るは当業者にとって明らかなことであるから、原告の上記主張は誤りである。

原告は、審決は、本願発明の「陽極を露出させる」構成について、何らの根拠を示していないと主張するが、電子をチャージさせる絶縁部分が蛍光体周囲に近接して存在することのないように、電荷放散機能を有する導電体である陽極を蛍光体周囲にも存在させたものにおいては、蛍光体周囲に絶縁体を設ける際に、蛍光体周囲に導電体による周縁を露出残存させるように絶縁体を配置し、蛍光体周囲が絶縁性物質で密接して覆われることがないようにすべきことは当然のことであり、陽極を露出させることはごく当然に導きだされる構成にすぎないから、これを当業者が必然的に採用する設計上の事項とした審決の判断に誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は記録中の証拠目録の記載を引用する(書証の成立についてはいずれも当事者間に争いがない)。

理由

1(1)  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、2(本願発明の要旨)及び3(審決の理由の要点)は当事者間に争いがない。

(2)  審決の理由のうち、(1)(本願発明の要旨)、(2)(引用例の記載)、(3)(対比)のうち、引用例1の「表示面壁」が本願発明の「基板」に相当すること、相違点2及び3の認定、(4)(相違点についての判断)のうち、透光性絶縁基板の一方の面に表示パターンに応じて透光性の陽極導体を配設し、この陽極導体上にフィラメント状陰極から放出される電子の射突により発光する蛍光体層が被着されて、この蛍光体層の発光を前記透光性陽極導体を通して前記透光性絶縁基板の他方の面側から観察するようになる蛍光表示管において、透光性絶縁基板の一方の面上に、表示部以外の透視を防ぐ不透光性の絶縁層を設けることが、実開昭56-166658号公報及び特開昭57-136747号公報にそれぞれ記載されていることは当事者間に争いがない。

2  本願発明の概要

甲第2号証(平成1年12月25日付け手続補正書、以下「本願明細書」という。)には、「本発明は、蛍光表示管に関し、特に陽極が透光性基板の一方の面に形成され、この透光性基板の他方の面側から陽極上に配設された蛍光体層の発光を観察するいわゆる前面発光形の蛍光表示管に関するものである。」(2頁5行ないし9行)、「一般に前面発光形の蛍光表示管は、陽極導体がI.T.O(Indium-Tin-Oxide)や酸化錫膜等の透明導電膜で形成されたものと、陽極導体が金属皮膜で形成されたものに分けられる。」(同頁10行ないし13行)、「本発明は、陽極導体を、基板上に配設された金属皮膜をエッチング等により部分的に除去し、透光性を付与して形成したタイプである。」(同頁14行ないし16行)、「従来のこのタイプの蛍光表示管としては、実開昭56-133663号がある。この前面発光形の蛍光表示管は、基板に透光性基板を用い、この透光性基板上に透光隙間群を有するメッシュ状金属細線で表示セグメントに対応した陽極を形成し、この陽極上に蛍光体層を被着形成して、蛍光体層の発光を透光性基板を通して観察するものである。このタイプの蛍光表示管は、…下記の欠点を有している。(1)透光性基板上で配線導体及びメッシュ状陽極が形成されている以外の部分は、基板や絶縁層などの絶縁性の材料が露出しているので、陰極から飛来する電子がこの絶縁材料上にチャージアップしやすくなる。しかして、メッシュ状陽極の周囲の部分に電子がチャージすると後続の電子がチャージした電子により生ずる負の電界により反発されてメッシュ状陽極の周囲には後続の電子が到達せず、メッシュ状陽極の周囲に表示欠け…の現象が生じる。(2)…印刷作業における位置合せや、蛍光体の粘度の調整等蛍光体被着工程で多くの時間を要することになる。(3)…蛍光体を…印刷法で被着させると、…表示パターンエッジがシャープに形成されない。」(同頁16行ないし4頁8行)、「本発明は、以上の点に鑑みてなされたものであって、本発明は、表示欠け…を起こさないと共に、表示パターンエッジをシャープに形成することができ、しかも表示管内の部品等を基板側から見えなくして、表示パターンの視認性に優れた蛍光表示管を提供することを目的とする。」(同頁9行ないし15行)、「本発明による蛍光表示管は、陽極基板と陽極導体を介して表示を観察するタイプの蛍光表示管であり、透光性絶縁基板の一方の面に導電性で不透光性の金属皮膜を被着させ、かつこの金属皮膜を表示パターンに応じて部分的に除去し、表示セグメントに対応した輪郭を内周とする枠部と、この枠部内に微小な間隙群と細線の陽極導体を有する表示セグメント開口部とを形成し、さらに表示セグメント開口部に被着形成された蛍光体層が少なくとも表示セグメント開口部をカバーして必ず枠部にかかるようにし、さらに表示セグメント開口部と枠部の内周縁部を除く透光性絶縁基板の一方の面上に不透光性の絶縁層を形成してある。したがって、セグメント開口部周辺に対する電子の帯電や隣接電極の影響等を防止でき、表示セグメント開口部の表示欠けを防止できる。また、表示セグメント開口部の輪郭は、不透光性材料で形成された枠部の内周端縁によって正確に画成されるので、発光の輪郭がきわめてシャープになり、表示品位の高い表示が得られる。さらにまた、基板上の不要部分を覆う不透光性の絶縁層が枠部の外周縁まで延在して形成されているので、表示管内の電極部品が全く基板側から見えず、例えば通電加熱された陰極が光ってみえるということがなく、したがって視認性が極めて良くなるという優れた効果がある。さらに表示セグメント開口部に合わせて蛍光体層の被着を行う必要がない構造であるので蛍光体被着作業がきわめて容易となり、作業性が改善される。」(16頁2行ないし17頁11行)と記載されていると認められる。

3  取消事由について検討する。

(1)  取消事由1(一致点の誤認及び相違点の看過)について

まず、原告は、引用例1記載の縁どりは本願発明の枠部に相当しないと主張するので、検討する。

本願明細書(甲第2号証)の特許請求の範囲の「透光性絶縁基板の一方の面に被着された不透光性で、かつ導電性の金属皮膜からなり、表示セグメントに対応した輪郭を内周とする枠部と、前記枠部内の金属皮膜が部分的に除去されて、微小な間隙群が形成された陽極導体」との記載によれば、該枠部と陽極導体が一体となって陽極を構成するものである(不透光性枠部と陽極導体とが一体となっている点については被告も争っていない。)から、各表示セグメントの陽極部分(枠部)は互いに絶縁されていなければならない。さもなければ、個別に電圧を印加して、各表示セグメントを個別に表示することができないことが明らかであるからである。そして、本願明細書の第1図ないし第9図(別紙図面1参照)に示されているように、枠部を狭い所定幅のものとすれば、各表示セグメントの枠部は互いに絶縁されていることは明らかである。さらに、「枠」の一般的意味(「木・竹などの細い材で造り、器具の骨または縁としたもの。」((広辞苑第4版2754頁「枠」の項参照)))から、本願発明における「枠部」とは、各表示セグメントを分離して絶縁するだけの空間を残す細い所定幅を有する縁とされるような形状の部材と解される。

一方、甲第3号証(引用例1)には、「表示面壁の内面には、予めけい光体8のパターンに対応した縁どりが施されており、けい光体8の塗布時にこれがたとえ所定の形状からはみ出たとしても何ら支障のないようになされており、その塗布作業を簡単に行ない得るようにしている。」(5頁16行ないし6頁1行)、「さらにはけい光体の縁どり作業は表示面壁の内面に対してけい光体を設ける以前に予め行なえば良く」(7頁16行ないし18行)と「縁どり」について記載されていると認められる(引用例1の「表示面壁」が本願発明の「基板」に相当することは当事者間に争いがない。)。上記記載の「縁どり」作業は、「縁どり」をなすための部材を前提としているものと解され、製造工程において、縁どり作業のために縁どり部材を施す必要があることが認められる。しかしながら、引用例1には、縁どり部材については、その材質(絶縁体か導電体か)、性質(透光性か不透光性か)あるいは製造段階において縁どりを施す部材として機能した後除去されるのかあるいは他の部材の機能を兼ねているのかなどについて何ら記載されていない。したがって、引用例1記載の縁どり部材は、縁どりを施す機能以外の何らかの機能を果たすとは解することはできない。

そして、上記の記載及び甲第7号証(三省堂国語辞典第三版)972頁の、「ふち〔縁〕」の項の「さかいを示す線。」、「ふちどる〔縁取る〕」の項の「ふちをつける。」、乙第1号証(広辞苑第二版補訂版)1946頁の「ふち〔縁〕」の項の「物のはし、へり。まわり。」、同1947頁の「ふちどる〔縁どる〕」の項の「ふちをつける。物のまわりやへりに手を加える。」との、それぞれの用語の定義を合わせ考えれば、引用例1記載の縁どり部材は、蛍光体のパターンに対応した内周を有して、塗布された蛍光体が所定形状からはみ出しても支障のないようにするための、縁取り用の縁を形成した部材にすぎず、その輪郭線の外周の形状については、特に規定されていないと解される。

原告は、引用例1において、マスク材により縁取りを施しているとみるのが妥当であり、縁どり部材は引用例1の第1図又は第3図の表示面壁3の上面のうち、蛍光体8又は陽極7を除いた部分全体に施されていると主張するが、引用例1において、マスク材により縁取りを施していることを窺わせる記載も、また、縁どり部材が、陽極を除いた全面に施されることを窺わせる記載もなく、また、甲第6号証(特開昭57-136747号公報)記載の絶縁層3、同第8号証(特願昭56-043330号((特開昭57-155658号))のマイクロフィルム)記載の絶縁層3、13、同第9号証(実公平2-20751号公報)記載の絶縁層13が、引用例1の縁どり部材と同一の機能を有すると認めることもできないから、縁どり部材が表示面壁3の上面のうち、蛍光体8又は陽極7を除いた部分全体に施されているとまでは認めることができない。

被告は、引用例1の「縁取り」は文字パターンの周縁に沿って所定幅で形成されたものであると主張する。しかしながら、引用例1の縁どり部材の輪郭線の外周の形状が規定されていないからといって、同部材が縁取り作業をなすための部材として機能るだけであれば、本願発明の枠部のように、蛍光体のパターンの周縁に沿って狭い所定幅の枠部を形成して、各パターンを相互に分離するための空間を残す必要はない。被告が上記主張の根拠とする、乙第2号証(特開昭50-99129号公報)記載の「縁取り部分2」及び同第3号証(特開昭53-7224号公報)の「その周縁を黒色等の明度の低い色によって縁取り、文字を浮かび上がらせて見せるようにした所謂縁取り文字」(1頁右下欄10行ないし12行)、「ポジフィルム上に形成された文字の周縁を手書き作業によって、例えば文字が白色であれば黒色に縁取りし、この工程で縁取り文字が作られ」(2頁左上欄4行ないし6行)の記載における「縁取り」は、蛍光体等の膜を塗布するときはみ出しを防ぐ「縁取り」とは関係のないものであって、前記甲第7号証及び乙第1号証に示された「ふち〔縁〕」あるいは「ふちどる〔縁どる〕」の各用語の定義を出るものではないと認められる。したがって、被告の上記主張は採用することはできない。

以上のとおり、引用例1記載の縁取り部材は、枠としての形状を有していると認めることはできない。

したがって、引用例1記載の縁どり部材は、本願発明の「枠部」とは、相違するものと解される。

以上によれば、審決の、「引用例1の、表示面壁の内面には、予めけい光体のパターンに対応した縁どりが施され、けい光体の塗布時にこれが所定形状からはみ出したとしても何ら支障のないようにした旨の記載は、けい光体のパターンを構成するセグメントに対応する透光間隙群の周縁に、この周縁に沿う不透光性の縁すなわち枠部を存在させ、この周縁をはみ出したけい光体はこの枠部に遮蔽されて観察されないようにしたことを意味しており」(甲第1号証5頁8行ないし16行)との認定は誤りであり、したがって、本願発明と引用例1記載の発明とは、「枠部」を備えている点で一致するとした審決の認定は誤りである。

よって、審決には、引用例1記載の発明が枠部を備えていない点で、本願発明と相違することを看過した誤りがあり、審決は、かかる誤りによって、後記のとおり、相違点1を誤認し、相違点1についての判断を誤ったものであるから、上記認定の誤りは審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。

(2)  取消事由2(相違点1の誤認及び相違点1についての判断の誤り)について

審決の相違点1の認定は、引用例1記載の「縁どり」が本願発明の「枠部」に相当することを前提とするものであるから、前記(1)のとおり、上記一致点の認定が誤りである以上、相違点1の認定及び相違点1についての判断もまた、誤りである。

4  以上のとおり、その余の点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)

別紙図面 1

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別紙図面 2

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別紙図面 3

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